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近藤喜文画文集「ふとふり返ると」
近藤喜文画文集「ふとふり返ると」という本を読んだ。

4198608326ふとふり返ると―近藤喜文画文集
近藤 喜文
徳間書店 1998-03

by G-Tools
本著掲載のプロフィールを一部抜粋

近藤喜文さんは1950年新潟県五泉市生まれ。18歳で上京し、以後亡くなるまで30年近い歳月をアニメーションに捧げた人である。
特に1987年以降でスタジオジブリ作品を中心に活躍し、「火垂るの墓」「おもひでぽろぽろ」のキャラクターデザイン・作画監督、「もののけ姫」作画監督等の重職を務め、高畑勲監督・宮崎駿監督作品のアニメーターとして支えつづけた。そして1995年、劇場用長編映画「耳を澄ませば」で初監督を務め、演出面でも将来を期待されていたが、1998年1月21日、解離性動脈瘤により、47歳の若さで他界した。本著「ふとふり返ると」は、近藤喜文が遺した数少ない個人作品の一つである。


私は以前のエントリー(ゲツヨル!「見たぞ!スタジオジブリの真実」でもうちょっと近藤喜文のエピソードを聞きたかった。)でも語ったが、近藤喜文さんが初監督された劇場用長編アニメ映画「耳をすませば」という作品がとても好きだ。思春期特有の繊細な心の揺れ動きなどを絶妙に表現された作品で数あるジブリ作品のなかでも秀逸な作品だと思っている。
先日ネットで、その近藤喜文さんの書籍があるということなので読んでみようと思った。

そして、いま読んでみて(見てみて)、改めてこの人はすごい人だなぁと思った。

この本はアニメ情報雑誌「アニメージュ」に連載されていた「近藤喜文のふとふり返ると」に掲載されていたイラストをまとめたイラスト作品集である。1993年8月号から1998年2月号まで連載イラスト、未発表作品、ごく簡単なラフスケッチなどが収録され、その絵のそばにその時の情景や近藤氏の感じた想いを素直な言葉で書かれている。

本の冒頭、こんな言葉から始まっている。

もし、このアニメーションをみて・・・・・・
「あんなところがあったら行ってみたくなった」と思う人がいたなら、
「それはどこかにあるのではなくてあなたのいるところ、
つまり、今、あなたのいる町が(村が)
そうなのだ(そうだったのだ)」と答えたい。
――近藤喜文 スケッチブックに残された企画案より


この言葉を聞いて「どういうことを言っているのだろう?」と気に掛けながら本書をめくっていった。そして、半分にもいかない内にその意味がはっきりと分かった。

この本は様々なイラストが全100数ページにわたって描かれている。しかし、ひとつ決定的な共通点がある。どの作品も日常を切り取った、どこにでもあるような人々の暮らしの風景を描いている。
屈託のない子供達の笑顔やちょっとした可愛らしいしぐさ、恋人達の語らい、学生達の何かに熱中している佇まい、親子の愛情が感じられるワンシーン、おじいさんおばあさんののんびりとした姿。どれも何気ない日々の出来事を生き生きと、さわやかに近藤氏が一滴もこぼれ落とさず、さらりと描いているのである。ただし、これはスタジオジブリ作品によくある大自然の中での田舎の暮らしぶりを描いたわけでもない。中には地方のものもあるが、ほとんどが東京で描いたものだ。それを考えると私のような地方の者からみると、「THE 東京」のギスギスしたイメージがどこかにすっとんでしまった。(東京にも田舎みたいなところもあるんだろうが、田舎に住んでる私からはちょっと分かんないので)

当たり前の話だが、一つのことを見て何を思うかは人それぞれである。しかし日常にこんなとびっきりのシーンがあるなんて思う人、感じる人はごく少数ではないでしょうか?自分の身近に確実にあるこの風景達は自分自身で掬おうとせず、何事もなく頭の隅に放り込んでしまう。
フィルターが違うんだろう。近藤さんのフィルターを通すと全てがあたたかな情景になってしまう。どうしてもそういうものが目に付いてしまう。それはやっぱり近藤さん自身があったかい存在、心の持ち主以外考えられないからなんだろうな。そう、私は「ふとふり返って」しみじみそう思ってしまった・・・。

自分の幸せは誰かに頼んでやってもらうことではない。ましてや政治や行政のしくみをこねくり回して得られるものではない。全て自分自身の心の有り様なんだろう。今の現状をどう楽しみに変えるか、どうしたら自分にとって幸せな状態になるかを考えること、そしてそれを行うこと。それが真の幸せにつながる。
そのことを本書の冒頭で近藤さんは言っているのだろうと思った。

「アニメージュ」のこの「近藤喜文のふとふり返ると」は1998年2月号まで連載されていた。そして亡くなったのは1998年1月21日。雑誌出版業界のことはよくわからないが倒れる寸前までこの連載は続いたということだろうと思う。
と思ったら、最終ページ前の「作品初出一覧」という項目にその辺りの事が書かれていました。

雑誌の特性上、実際に描かれた時期と2ヶ月のずれがあります。(例:'98年2月号の発売は'98年1月10日。イタストが編集部に手渡されたのは、その前月である'97年12月となります)。
ご了承ください。

ということは、1998年2月号の最後の連載のイラストを編集部に手渡されたのは亡くなる1ヶ月前ということになりますね。もっと早くこの病気に気がついて入院していれば・・・と悔やまれる。

そしてネット記事などで知ったことだが、病床でもペンを握っていて、死ぬ間際、意識を失う間際まで絵を描き続けていたという。

最期の絵はどういうものを描いていたのかはわからないが、きっと苦しいながらも人々が暮らすあたたかい絵、見る者をホッとさせる絵を描いていたのではないかとこのイラスト集を見ながらそう思ってしまった。
特に倒れるちょっと前に描いたイラストにこんな絵と添え書きがそう思わされる。

どこかのお祭り。
華やかな露天の間を所狭しと様々な人がごった返している風景を描いている。

添え書きには
三の酉の宵、駅前の商店街から横町の奥まで露店が並び、小さな神社は老若男女であふれかえる。仄暗い灯火のなかで神楽が奉納され、テープで流れるおはやしが、建ち並ぶマンションのシルエットにすわれていく。熊手が売られるたびに、景気づけの手締めが重なって人波がゆれる。

〝今宵会う人みな幸せ〟

近藤さんは本当に人が好きなんだなぁと思わせる作品だ。

最後にひとつ。

そのイラスト集の中で面白い絵があった。

親子で手をつないで歩いている様子を描いているもの。

「トトロの会社なんだよ」と言いながら女の子は元気よく生垣の縁石からとびおりた。
久し振りに雨の上がった日の朝。


その女の子は、あきらかに「となりのトトロ」のメイちゃんだ。

この日常を描いたイラスト集の中で特定のキャラで描かれているのはこの絵だけである。

一人でも多くの人が身近にある暖かくて、優しくて、素直で美しいものに目が止まることを願って、このエントリーを終わりたいと思います。

耳をすませば -Whisper of the Heart-

B00005R5J9耳をすませば
本名陽子 高橋一生 露口茂
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2002-05-24

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4198614636耳をすませば (スタジオジブリ絵コンテ全集)
宮崎 駿
徳間書店スタジオジブリ事業本部 2001-12

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